Album 食探究紀行
2005年 インド偏 その2
アーユルベーダのホスピタルに
10日間入院です。
念願のアーユルベーダ(肉体の生理機能を整えて治癒力を高め健康増進を図るインドの伝承医学)のホスピタルに10日間入ることにしました。身も心もどっぷりとインドの菜食生活に浸かる絶好のチャンスです。こうしたホスピタルは日本の病院と同じ様に病気や怪我の治療をする所ですが、西洋医学での病気の概念とは異なっている為 “なんだか身体がだるい”というだけでも健康を回復する目的でこの病院に入院することができるのです。
日本ではアーユルベーダの写真のようなマッサージはエステ・サロンのメニューとして良く見聞きするものですが本来はこのインド伝承医学の治療の一環なのです。
私たちを担当したドクターが個別にプログラムした10日間のスケジュールは、施術(マッサージやサウナ)とヨガ、投薬、食事療法まで、綿密に作られており全てを消化するのには努力が必要でした。そしてその甲斐あってか、私達の身体に明らかな変化がでました。 つづく↓
↓つづき まず、汗をかきやすくなりました。普段は余りかかない汗が頭から脚の甲まで全身にじわっと出るのです。やはり排出能力が高まったようで、日本にいる時には1日に5回の“小”と1回の“大”の回数がそれぞれ2倍以上になりました。“大” に至っては人生でこれ以上打ち破る事の無いだろう超絶な1日6回という大記録を出してしまいました。ご想像させて恐縮ですが、インド→不衛生→下痢→だから6回ではなく、健康的で高級超特大バナナをです。
食事は1日3回に加え、午後の果物のジュースだけであまり日本にいる時と変わらない摂取量なのに、2倍を上回るバナナ6本です。生涯40年間の宿便というやつにここで別れを告げているのか?と最初は思いましたが、あまりにも続くので、もしかすると自分の内蔵までもを消化しているのではないか?。と馬鹿な想像をしてしまいました。 つづく ↓
↓つづき しかし3日目くらいからは、気分が壮快なうえに、肉魚を断っているいるせいか臭いが極端にしなくなり、食事を摂る事とバナナを作る事が一つになっている感覚をおぼえ、一層の事この体をバナナ製造機としてフル回転させようと思いました。バナナは水洗式で目の前から消え去りますが、そのまま裏の川へと流れて行きます。私の作ったバナナがどんぶらこどんぶらこと旅をし、やがて養分となり自然の恵みとなる。この偉大な自然の循環システムにメイド・イン・ジャパンの私の消化器管も加わりこの南インドの地を肥やしているのだ!といった独りよがりな喜びを感じました。
日本に帰ってからこのバナナについて調べてみると、通常、人間の便は水分を除くと、食べ物のカスは10%だけで、40%が腸内細菌の死骸、50%が腸壁細胞の残骸だそうで、細菌も細胞も10日位のサイクルで新しい物に入れ
替わるそうです。
確かに菜食は食物繊維が多く普段の肉食よりもカサが多くなるイメージはありますがこの時は、もの凄いスピードで細菌や腸壁が新陳代謝をしていたのでしょう。ただ、疲労感は半端ではありませんでした。肉や魚を食べていないせいでしょうか、陽の光を沢山浴びたからでしょうか?。何をするにも機敏に動けない、みなぎる元気が今ひとつでないのです。夜寝る頃には何もかも出し切ったカスカスな状態で身体を横にするだけで眠りに落ちると言った具合です。自分の肉体であるのに借り物のようでした。仕事も何もしない状態でこれですから、菜食だけで力仕事をする現地の農家や駅のポーターは私達と比べてどれ程エネルギー効率が良いのでしょう、今度はメイド・イン・インディアの燃費の良さに感心しました。
毎日3度の食事はカレーです。
毎回違う何種類ものカレーと毎回違う主食の米は素晴らしく工夫されていて飽きることはありませんでした。特に主食は様々なバリエーションがあり、単に蒸した”御飯”、米粉をパンケーキの様に焼いた物、反対に極薄に焼いたクレープの様な物、水で練って麺状に押し出した物、蒸しパンにした物、クスクスの様にした物、マッシュポテトの様にした物・・・。ここで食べた主食はこの後の旅の何処でも味わえる物ではなかったのでとても貴重な良い経験になりました。
この経験を人に話すと「お肉とか魚が食べたくなったでしょう?!」と聞かれます。それがそれほど食べたくならないのです。全く肉食が出来ない環境であった事が一番ですが、ビールやワインが無かった事も大きな理由だったかもしれません。たぶん菜食によって柔くなった心と身体に狩猟本能を眠らされたのでは?何かに立ち向かって行く様な闘志が湧かず自ら危険を冒してまで獲物を捕らえ食らおうなどとは思わなくなるのではないでしょうか?肉食欲は意外にも平和で競争の無い安全な環境で簡単に削ぎ落とされてしまうのかもしれないと思いました。 つづく ↓
↓つづき それよりも何よりも強烈に欲したのが生野菜と熱い液体です。毎食の様々な野菜や芋や豆をバラエティー豊かにスパイスで煮たカレーは残念ながらどれもが同じく離乳食のようで目をつぶって食べたら何を煮込んであるのか解らない。おまけに手で食べる習慣があるせいか、彼等は料理の温度に無頓着です。「とにかくキュウリや大根、キャベツの乱切りをゴリゴリ、
ザクザクと噛みたい、そして熱い味噌汁やコーヒーを湯気のあるうちに飲み干したい!。」これだけ菜食をしていても未だ野菜が食べたいなんて!?味に対する欲求不満ではなくメリハリの無い食感に、歯がイライラし出し、なんでもいいから固い物を噛みたい!とかんしゃくを起こしそうになりました。 つづく↓
↓つづき このホスピタルに入院して8日目、何となくスタッフの顔も覚え気持ちが通い出した頃を見計らってこちらの実験?開始です。
「インド人に日本の料理はどのように感じるのか?旨味の研究!」です。日本から用意してきた海苔や、干し椎茸でカッパ巻きとワカメの味噌汁を試してもらいました。本当はベジタリアンでなければ、日本の国民食であるカレーライスを食べてもらいたかったのですが、カレー・ルウには動物性の旨味調味料が入っているので今回は却下です。
要点は2つ。味に敏感なベジタリアンは酢、味噌、醤油の旨味をどう感じるのか?と食べた事の無い物(海藻やワサビ)への興味の度合いです。カッパ巻きについて、お米で出来ている事から彼等はとても喜んで手に取りましたが、海苔を噛み切る事が出来ず、はがして中の酢飯とキュウリを食べる人が続出。「これ、酸っぱい!。」という言葉にあらわされた意味は「これ、腐ってる!。」だそうです。酸っぱい事は饐(すえ)えている事に等しいのです。気温の高い南インドでは生食の物は皮の着いたフルーツだけでほとんどの食材にはしっかりと火を通すのです。滞在中ドクター
にお願いをして生野菜を1回だけリクエストしましたが、サラダを作った事の無い?調理のスタッフが何度も部屋に来てキュウリとトマトとタマネギのサラダ(輪切りにして並べてレモンを乗せただけ)の作り方を聞きに来たくらいですから。
彼等は、お醤油や味噌の香りにも敏感でこれらも発酵香ではなく腐敗臭と捉えたようです。ワサビに至っては日本の辛いチャツネだと紹介したので「ん、確かに辛い!。」と平然とした感想でした。ワカメは口に入れたものの、どう飲み込んで良いのか解らないと言った風に右往左往する彼等に何だか悪い事をした様な気持ちになりました。しかし、ドクターだけは、「海藻は身体に良いと聞いた事がある。」と言って最後まですくって食べてくれました。
結論、実験大失敗!テーマの設定が甘かった!もっとベジタリアンの事を勉強して、ベジタリアンは基本的に食楽に興味が無いという事を知った上で実験を考えるべきだったと。
ホスピタルから退院して移動の長距離列車、この日のメニューのノンベジは魚のカレーとタンドリーチキンの2種類でした。久しぶりのノン・ベジを楽しみにしていた私達には、この肉食再デビューのチャンスにチキンでは物足りないと思いお楽しみは明日にお預けと、ベジカレーを注文しました。いざ、食事の時間になり、各々に食事が運ばれました。それまで旅の話で盛り上がっていた隣の席の船乗りの青年はタンドリーチキンを、私達はベジカレーを食べ始めました。何の気無し隣を見ると、青年のチキンを食べている姿にギョッとして言葉を失っている大八がいました。青年は骨付きのチキンレッグを素手で持ち、噛み付いては引きちぎる、その鶏もも肉に赤く撫で付けられた香辛料の赤色が鮮烈でまる
で獲物にかぶりついているヒョウかライオンの様です。口の周りに着いた赤い色がしたたる鮮血の様に見え、私も食べられてしまうのではないかと恐怖が襲ってきて震えました。さっきまで親しく3人で話していた青年が人食い人種に見えた瞬間です。私は、急に食欲が無くなり、カレーは喉を通らず、食事の間はその青年を見るのが怖く辛い気持ちになりました。
私は、ホスピタルで特別にヒンズーの勉強をした訳でもベジタリアンになろうと決心した訳でもないのにインドと菜食主義の事を10日間考え続けていただけで ”自家洗脳” をしてしまいノン・ベジを野蛮なものと思ってしまった様です。 ↓つづく
↓つづき 私達を乗せた長距離列車は一晩明けて、昼食は思い切ってタンドリーチキンを注文しました。本当は肉食をお楽しみに取っておきたかったのですが、前日の予想もしなかった自分の反応がショックでこの自家洗脳による菜食主義は問題だと思いました。自分ではこの洗脳が私の元々の主義や趣味と全く反対の方向にあったので長くは続かないとは思っていましたが、これから美味しく肉食をする為に、冷静に前の日の光景を思い返しベジ洗脳を自分で解く事にしました。
動物性のタンパク質の旨味を久しぶりに味わうぞ!とワクワクしながら運ばれて来たチキンをじっくり眺め、二人でいっせーのせで、かぶりつくと一瞬にしていつもの東京で暮らす自分に戻りました。一口噛み締める度に、えも言われぬ舌を覆い尽くす重たい暖かみが唾液を誘い、ジュワーッと旨味がほとばしり一瞬、目の前にたくさんの星が現れました。普段食べたら何だ?このパサパサで味気のない鶏は?と言った具合の大して良くない素材にもかか
わらずにです。私の舌のイノシン酸(動物性の旨味成分の一つ)センサーが10日間のベジ食でリセットされ感度が上がった様に思えました。
「ん!結構良いスパイス!美味しーじゃん!」「何だかチキンじゃ物足りないね、赤肉食べたいな〜!!やっぱり牛肉か羊だね!」「ワインも欲しい、ムンバイに行ったらまず羊のカレーを探そうよ!」と前の日のあの気分もどこへやら、とたんにカーニバルが始まったようでした。
あちこちで尋ね歩き大騒ぎで探し当てたムンバイの羊のカレーはイスラム教徒の経営するレストランです。ノン・ベジの2階席に通され、で思う存分ゴロゴロの肉の固まりを噛みしめると星やら虹が目の前に現れる程でした。「やっぱり羊サイコー!!」「ベジタリアン10日間やっただけの事はあったね!!。」この日は、肉の旨さを再認識したノン・ベジ万歳の記念日になりました。
今回の旅のスペインの荷物とこのインドの荷物の合計は200kg!良く買って来たもんだな〜と感無量です。
インドでは塩やスパイスを沢山仕入れたのですが残念ながら品質は今一つでした。
この食探求の旅を始めていつも思う事は良い物は高価な値で取引され日本とにアメリカ、フランスに集まるという事です。それは分かっているのですが、本場にしかないものをどうしても見てみたく、手に入れたいのです。今回は珍しいスパイスとしてブラッククミン、バターナッツ、黒塩を見つけて来ました。これからのカリメロの料理に豊かな風味が期待できます!
Album 食探究紀行
2005年 インド偏 その2 終
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